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2012年05月の記事

盛岡三大麺

先日盛岡に行った折、せっかく来たのだからと「盛岡三大麺」を食べて帰ることにしました。
Ⅰ麺 冷 麺
名前は忘れましたが、肉が美味しいと評判の焼肉屋さんでした。
22:00前だったのですがお客が9人程、肉を食べている人はいませんでした。(焼肉屋なのに、全員冷麺のみです。) こちらでは、冷麺のみが多い事。

Ⅱ 麺 じゃじゃ麺
「ホットジャジャ(HoT JaJa)」というお店です。黒いのは肉味噌、黄色いのはオロシ生姜、赤いのは紅生姜、全部をかき混ぜて食べます。
うどんを2~3本残し、生卵を一個入れてスープを注げばチータンタン(玉子スープ)の出来上がりです。
このお店は有名らしく、長野県からの修学旅行生(中学生)グループが多数来ていました。・・・・・・・が、私には物足りない味だったので食べた後。
この店の隣にある、「ぴょんぴょん舎」へ冷麺を食べに行く事にしました。
このお店も焼肉屋さんですが修学旅行生で一杯で全員冷麺のみです、順番待ちでしたが15分程で入れました。前日の麺より白っぽく太かったです。4辛を頼んでみましたが、辛さは感じませんでした。
最後の冷麺は、梅干の入ったあっさり味の「肉料理 おがた」さんの冷麺でした。どのお店の冷麺も、酸っぱさなど無く美味しくいただきました。

Ⅲ 麺 わんこそば
最後は「わんこそば」ですが、何処がよいのかと旅館、お土産屋、タクシーの運転手さんなどに聞いてみると「東屋」さんか「嘉司屋(かじや)」さんのどちらかというので、わんこそば全日本大会の元祖「嘉司屋」さんに決めました。
大会の時は薬味などは使わず、ただひたすら食べるのみですが、お店での普段の食べ方は、まぐろ・なめこおろし・塩辛・筋子などの薬味8品がついて自分のペースでゆっくり賞味することができます。一回に入れる量(食べる量)も大会の時の3倍の量を入れますので食べた量の3倍で大会時の杯数になります。
7杯で一人前の量との事でした。
横においてある大きなお椀は、スープを捨てるのに使用します。
以外にも麺とスープは熱いぐらいで、冷たいとばかりに思っていた私はむせたほどです。「大会ではないので、味わって食べてください。」と言われますが横からどんどん入れられますので、味わってる暇がありません。

私たちの食べているタイミングを見計らって麺を茹でますので伸びる事も無くいつまでったても熱く美味しく食べれます。
上のエプロンを見れば分かるとおり、私が51×3で153杯、妻が34×3で102杯でした。遅い朝食後2時間位しかたっていないのに、よく食べたもんです。
妻は食べすぎでおなかがパンパンと言っていましたが、何時もパンパンです。

※ 感 想
冷麺は何処も美味しかったです、じゃじゃ麺は私はもういいかな(地元では売れています。)、わんこそばは、一度そばをゆっくり味わって食べた後、もう一度チャレンジしたいと思います。

今更ながらの話題を。金環日食用めがねのはなし。

一ヶ月以上前に金冠日食を見ようと、メガネを探しましたけど何処も売れた後で一個もありませんでした。色々なところに行ってみましたが無くて諦めていた所、先日の東北旅行の時に山中の道の駅にて発見し喜んで二つ買って帰りました。・・・・・結果はご存知の通りです。(封も開けていません。)
※次回、何十年後かに使います。・・・・(生きてれば。)

日本海海戦107周年記念大会

平成24年5月27日(日)
日本海海戦107周年記念大会が行われると言うので、参加してきました。
箱崎宮での祭典と式典が午前中にあり、その後中央埠頭9号岸壁に移動して洋上追悼式へ参加しました。岸壁には2艦(護衛艦 はるゆき・練習艦 しらゆき)が停泊しており、私は護衛艦 はるゆきに乗艦しました。普段は、折って格納してあるヘリコプター。外に出すと、甲板一杯になります。

14:30になり、洋上追悼式の時間となりました。
艦長による日本海海戦の説明に続き(※1)、両国戦没者への追悼の意を表し献花などがおこなわれました。
一般の人でも献花できるように、たくさんの花が用意されていました。
3発の礼砲が打ち鳴らされました。

二時間ほどの洋上追悼式が終わり、中央埠頭9号岸壁に帰ってきました。
O君ありがとうございます、いい経験をさせていただきました。

※1 (wikipediaより)
日露戦争中に行われた海戦で1905年5月27日に対馬沖にて、日本海軍の連合艦隊(司令長官 東郷平八郎)とロシア海軍の太平洋艦隊「バルチック艦隊」との間で行われた海戦のこと。バルチック艦隊を撃滅し戦力の大半を失わせたが、日本海軍の損失は軽微という海戦史上まれな一方的勝利となった。
(最近では、坂の上の雲「TVドラマ」が有名。)

古賀市 三中学校合同思春期講演会(予定)

この度、古賀市三中学校PTA連合会が「三中合同思春期講演会」を予定していると情報が入りました。講師の問題等色々とあると思うので、詳しくは書けませんが今回はかけるところまで。

予 定
【場 所】=リーパスプラザ(大ホール)
【日 時】=9月~11月の中で
【時 間】=19:30~21:30
・・・・・・ 主  旨 ・・・・・・
家庭教育の低下、少年非行の低年齢化、児童虐待、いじめ問題など、深刻化する青少年の問題の対応する為、思春期という最も多感な中学校の時期、子供たちの心の動き、またコミニケーションの取り方、家庭教育力の向上などをテーマに各中学校主催で行っている講演会を、一つの中学校の講演会で終わらせるのではなく、三中学校、青少年市民会議の合同で主催し、保護者のみでなく、多くの方に青少年問題に関心を持っていただき、PTA、学校、地域で思春期の子どもたちを見守っていきたい。                  以上のようです、正式に決まりましたら又お知らせします。

※ちなみにS氏がリーパスプラザの意味とは何?!、とつぶやいていたので調べてみました。

「リーパスプラザ」とは…
「LEAD」リード(導く)と「COMPASS」コンパス(羅針盤)と「PLAZA」プラザ(広場)の造語です。
古賀市が文化芸術の情報などの発信元として「羅針盤」の役割を担い、他市町村を「リード」してほしいとの思いが込められています。(ナンダカナ~!)

古賀市の中学校運動会と古賀市第一回食のまつりに行ってきました。

土曜日
中学校の運動会を、見学に行ってきました。若いエネルギーを注入しながら、何故このクソ暑い時に(自分は)背広を着てきているのか?、背広を着ていないと議員だとわからないからか?、議員だとわかる必要があるのか?、運動会なのに。 などと考えていると知り合いのT氏より声が掛かりました。
「プール横の部室の痛みが激しいので何とかならないものか?。」と言われたので、一緒に見に行きました。その時横にいたM君が、「自分達がいた時に、建ったから30年は経っていますね」と言っていましたが、30年の割にはこぎれいに使われているなと、感心しました。見てみるとドアノブ、窓、天井の隙間など確かにと思われましたが、正直なところ私達の学生時代の隙間だらけの木造の部室に比べるとまだましかな?・・・・と思いました。(ふるい、のかな?)

日曜日
第一回食のまつりに行ってきました。天気もよく、多数の人も来られていて大成功なのではと思いました。来訪者は少ないと思い「にぎやかし」の為に成るのならと、姪っ子まで呼んで行ったのが大きな間違いでした。タコと干物と、大きな疲労を我家に持ち帰りました。